くとも、あの、絵看板を畳込《たたみこ》んで持っていて、汽車が隧道《トンネル》へ入った、真暗《まっくら》な煙の裡《うち》で、颯《さっ》と化猫が女を噛《か》む血だらけな緋《ひ》の袴《はかま》の、真赤《まっか》な色を投出《ほうりだ》しそうに考えられた。
で、どこまで一所になるか、……稀有《けう》な、妙な事がはじまりそうで、危《あぶな》っかしい中《うち》にも、内々少からぬ期待を持たせられたのである。
けれども、その男を、年配、風采《ふうさい》、あの三人の中の木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者《きとうじゃ》、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家《うらないや》だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切《わぎり》にした女を油紙に包んで詰込んでいようの、従って、探偵などと思ったのでは決してない。
一目見ても知れる、その何省かの官吏である事は。――やがて、知己《ちかづき》になって知れたが、都合あって、飛騨《ひだ》の山の中の郵便局へ転任となって、その任に趣《おもむ》く途中だと云う。――それにいささか疑《うたがい》はない。
が、持主でない。その革鞄である
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