》へ、藁《わら》の散《ちら》ばった他《ほか》に何にも無い。
中へ何を入れたか、だふりとして、ずしりと重量《おもみ》を溢《あぶ》まして、筵の上に仇光《あだびか》りの陰気な光沢《つや》を持った鼠色のその革鞄には、以来、大海鼠《おおなまこ》に手が生えて胸へ乗《のっ》かかる夢を見て魘《うな》された。
梅雨期《つゆどき》のせいか、その時はしとしとと皮に潤湿《しめりけ》を帯びていたのに、年数も経《た》ったり、今は皺目《しわめ》がえみ割れて乾燥《はしゃ》いで、さながら乾物《ひもの》にして保存されたと思うまで、色合、恰好《かっこう》、そのままの大革鞄を、下にも置かず、やっぱり色の褪《あ》せた鼠の半外套《はんがいとう》の袖《そで》に引着けた、その一人の旅客を認めたのである。
私は熟《じっ》と視《み》て、――長野泊りで、明日《あす》は木曾へ廻ろうと思う、たまさかのこの旅行に、不思議な暗示を与えられたような気がして、なぜか、変な、擽《くすぐ》ったい心地がした。
しかも、その中から、怪しげな、不気味な、凄《すご》いような、恥かしいような、また謎のようなものを取出して見せられそうな気がしてならぬ。
少
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