て、都合三人の木戸番が、自若として控えて、一言も言《ものい》わず。
 ただ、時々……
「さあさあ看板に無い処は木曾もあるよ、木曾街道もあるよ。」
 とばかりで、上目でじろりとお立合を見て、黙然《もくねん》として澄まし返る。
 容体がさも、ものありげで、鶴の一声という趣《おもむき》。※[#「てへん+爭」、第4水準2−13−24]《もが》き騒いで呼立てない、非凡の見識おのずから顕《あらわ》れて、裡《うち》の面白さが思遣《おもいや》られる。
 うかうかと入って見ると、こはいかに、と驚くにさえ張合も何にもない。表飾りの景気から推《お》せば、場内の広さも、一軒隣のアラビヤ式と銘打った競馬ぐらいはあろうと思うのに、筵囲《むしろがこ》いの廂合《ひあわい》の路地へ入ったように狭くるしく薄暗い。
 正面を逆に、背後《うしろ》向きに見物を立たせる寸法、舞台、というのが、新筵《あらむしろ》二三枚。
 前に青竹の埒《らち》を結廻《ゆいまわ》して、その筵の上に、大形の古革鞄ただ一個《ひとつ》……※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》しても視《なが》めても、雨上《あまあが》りの湿気《しけ》た地《つち
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