小屋を並べた見世《みせ》ものの中に、一ヶ所目覚しい看板を見た。
血だらけ、白粉《おしろい》だらけ、手足、顔だらけ。刺戟の強い色を競った、夥多《あまた》の看板の中にも、そのくらい目を引いたのは無かったと思う。
続き、上下《うえした》におよそ三四十枚、極彩色の絵看板、雲には銀砂子、襖《ふすま》に黄金箔《きんぱく》、引手に朱の総《ふさ》を提げるまで手を籠《こ》めた……芝居がかりの五十三次。
岡崎の化猫が、白髪《しらが》の牙《きば》に血を滴らして、破簾《やれみす》よりも顔の青い、女を宙に啣《くわ》えた絵の、無慙《むざん》さが眼《まなこ》を射る。
二
「さあさあ看板に無い処は木曾もあるよ、木曾街道もあるよ。」
と嗾《そそ》る。……
が、その外には何も言わぬ。並んだ小屋は軒別に、声を振立て、手足を揉上《もみあ》げ、躍りかかって、大砲の音で色花火を撒散《まきち》らすがごとき鳴物まじりに人を呼ぶのに。
この看板の前にのみ、洋服が一人、羽織袴《はおりはかま》が一人、真中《まんなか》に、白襟、空色|紋着《もんつき》の、廂髪《ひさしがみ》で痩《や》せこけた女が一人|交《まじ》っ
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