き》さで、しかもぼやけた工合《ぐあい》が、どう見ても神経衰弱というのに違いない。
何と……そして、この革鞄の中で声がする、と夜中に騒ぎ出したろうではないか。
私は枕を擡《もた》げずにはいられなかった。
時に、当人は、もう蒲団《ふとん》から摺出《ずりだ》して、茶縞《ちゃじま》に浴衣を襲《かさ》ねた寝着《ねまき》の扮装《なり》で、ごつごつして、寒さは寒し、もも尻になって、肩を怒らし、腕組をして、真四角《まっしかく》。
で、二|間《けん》の――これには掛《かけ》ものが掛けてなかった――床の間を見詰めている。そこに件《くだん》の大革鞄があるのである。
白ぼけた上へ、ドス黒くて、その身上ありたけだという、だふりと膨《ふく》だみを揺《ゆす》った形が、元来、仔細《しさい》の無い事はなかった。
今朝、上野を出て、田端、赤羽――蕨《わらび》を過ぎる頃から、向う側に居を占めた、その男の革鞄が、私の目にフト気になりはじめた。
私は妙な事を思出したのである。
やがて、十八九年も経《た》ったろう。小児《こども》がちと毛を伸ばした中僧の頃である。……秋の招魂祭の、それも真昼間《まっぴるま》。両側に
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