上《あが》って行《ゆ》くので、連《つれ》の男は一段踏掛けながら慌《あわただ》しく云った。
「三階か。」
「へい、四階《しかい》でございます。」と横に開いて揉手《もみで》をする。
「そいつは堪《たま》らんな、下座敷は無いか。――貴方《あなた》はいかがです。」
途中で見た上阪《のぼりざか》の中途に、ばりばりと月に凍《い》てた廻縁《まわりえん》の総硝子《そうがらす》。紅色《べにいろ》の屋号の電燈が怪しき流星のごとき光を放つ。峰から見透《みとお》しに高い四階は落着かない。
「私も下が可《い》い。」
「しますると、お気に入りますかどうでございましょうか。ちとその古びておりますので。他《ほか》には唯今《ただいま》どうも、へい、へい。」
「古くっても構わん。」
とにかく、座敷はあるので、やっと安心したように言った。
人の事は云われないが、連《つれ》の男も、身体《からだ》つきから様子、言語《ものいい》、肩の瘠《や》せた処、色沢《いろつや》の悪いのなど、第一、屋財、家財、身上《しんしょう》ありたけを詰込《つめこ》んだ、と自ら称《とな》える古革鞄《ふるかばん》の、象を胴切りにしたような格外の大《おお
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