、御手段が願いたい。
お聴《きき》を煩らわしました。――別に申す事はありません。」
彼は、従容《しょうよう》として席に復した。が、あまたたび額の汗を拭《ぬぐ》った。汗は氷のごとく冷たかろう、と私は思わず慄然《りつぜん》とした。
室内は寂然《ひっそり》した。彼の言は、明晰《めいせき》に、口|吃《きっ》しつつも流暢《りゅうちょう》沈着であった。この独白に対して、汽車の轟《とどろき》は、一種のオオケストラを聞くがごときものであった。
停車場《ステイション》に着くと、湧返《わきかえ》ったその混雑さ。
羽織、袴、白襟、紋着、迎いの人数がずらりと並ぶ、礼服を着た一揆《いっき》を思え。
時に、継母《ままおや》の取った手段は、極めて平凡な、しかも最上《もっとも》常識的なものであった。
「旦那、この革鞄だけ持って出ますでな。」
「いいえ、貴方。」
判然《はっきり》した優しい含声《ふくみごえ》で、屹《きっ》と留《とど》めた女が、八ツ口に手を掛ける、と口を添えて、袖着《そでつけ》の糸をきりきりと裂いた、籠めたる心に揺《ゆら》めく黒髪、島田は、黄金の高彫《たかぼり》した、輝く斧《おの》のごとくに
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