令嬢の御一行は、次の宿で御下車だと承ります。
 駅員に御話しになろうと、巡査にお引渡しになろうと、それはしかし御随意です。
 また、同室の方々にも申上げます。御婦人、紳士方が、社会道徳の規律に因って、相当の御制裁を御満足にお加えを願う。それは甘んじて受けます。
 いずれも命を致さねばなりますまい。
 それは、しかし厭《いと》いません。
 が、ただここに、あらゆる罪科、一切の制裁の中《うち》に、私《わたくし》が最も苦痛を感ずるのは、この革鞄と、袖と、令嬢とともに、私《わたくし》が連れられて、膝行《しっこう》して当日の婿君の前に参る事です。
 絞罪《こうざい》より、斬首《ざんしゅ》より、その極刑をお撰びなさるが宜《よろ》しい。
 途中、田畝《たんぼ》道で自殺をしますまでも、私《わたくし》は、しかしながらお従い申さねばなりますまい。
 あるいは、革鞄をお切りなさるか、お裂きになるか。……
 すべて、いささかも御斟酌《ごしんしゃく》に及びません。
 諸君が姑息《こそく》の慈善心をもって、些少《さしょう》なりとも、ために御斟酌下さろうかと思う、父母も親類も何にもない。
 妻女《かない》は亡くなり
前へ 次へ
全29ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング