お渡りなさるんだと思うと、つい知らず我を忘れて、カチリと錠《じょう》を下《おろ》しました。乳房に五寸釘を打たれるように、この御縁女はお驚きになったろうと存じます。優雅、温柔《おんじゅう》でおいでなさる、心弱い女性《にょしょう》は、さような狼藉にも、人中の身を恥じて、端《はした》なく声をお立てにならないのだと存じました。
しかし、ただいま、席をお立ちになった御容子《ごようす》を見れば、その時まで何事も御存じではなかったのが分って、お心遣いの時間が五分たりとも少なかった、のみならず、お身体《からだ》の一箇処にも紅《あか》い点も着かなかった事を、――実際、錠をおろした途端には、髪|一条《ひとすじ》の根にも血をお出しなすったろうと思いました――この祝言を守護する、黄道吉日の手に感謝します。
けれども、それもただわずかの間で、今の思《おもい》はどうおいでなさるだろうと御推察申上げるばかりなのです。
自白した罪人はここに居《お》ります。遁《にげ》も隠れもしませんから、憚《はばか》りながら、御萱堂《ごけんどう》とお見受け申します年配の御婦人は、私《わたくし》の前をお離れになって、お引添いの上。
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