予《ためら》わず出た。
 一人|発奮《はずみ》をくって、のめりかかったので、雪頽《なだれ》を打ったが、それも、赤ら顔の手も交《まじ》って、三四人大革鞄に取《とり》かかった。
「これは貴方のですか。」
 で、その答も待たずに、口を開けようとするのである。
 なかなかもって、どうして古狸の老武者が、そんな事で行《ゆ》くものか。
「これは堅い、堅い。」
「巌丈な金具じゃええ。」
 それ言わぬ事ではない。
「こりゃ開かぬ、鍵《かぎ》が締まってるんじゃい。」
 と一まず手を引いたのは、茶紬《ちゃつむぎ》の親仁《おやじ》で。
 成程、と解《よ》めた風で、皆白けて控えた。更《あらた》めて、新しく立ちかかったものもあった。
 室内は動揺《どよ》む。嬰児《こども》は泣く。汽車は轟《とどろ》く。街樹《なみき》は流るる。
「誰の麁※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]《そそう》じゃい。」
 と赤ら顔はいよいよ赤くなって、例の白目で、じろり、と一ツずつ、女と、男とを見た。
 彼は仰向《あおむ》けに目を瞑《つぶ》った。瞼《まぶた》を掛けて、朱を灌《そそ》ぐ、――二合|壜《びん》は、帽子とともに倒れていた――
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