か。
仕出来《しでか》した、さればこそはじめた。
私はあえて、この老怪の歯が引啣《ひきくわ》えていたと言おう。……
いま立ちしなの身じろぎに、少し引かれて、ずるずると出たが、女が留まるとともに、床へは落ちもせず、がしゃりと据った。
重量《おもみ》が、自然と伝《つたわ》ったろう、靡《なび》いた袖を、振返って、横顔で見ながら、女は力なげに、すっともとの座に返って、
「御免なさいまし。」
と呼吸《いき》の下で云うと、襟の白さが、颯《さっ》と紫を蔽《おお》うように、はなじろんで顔をうつむけた。
赤ら顔は見免《みのが》さない。
「お前、どうしたのかねえ。」
かの男はと見ると、ちょうどその順が来たのかどうか、くしゃくしゃと両手で頭髪《かみ》を掻《かき》しゃなぐる、中折帽も床に落ちた、夢中で引※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《ひんむし》る。
「革鞄に挟った。」
「どうしてな。」
と二三人立掛ける。
窓へ、や、えんこらさ、と攀上《よじのぼ》った若いものがある。
駅夫の長い腕が引払《ひッぱら》った。
笛は、胡桃《くるみ》を割る駒鳥の声のごとく、山野に響く。
汽車は猶
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