《つまさき》の塗駒下駄《ぬりこまげた》。
まさに嫁がんとする娘の、嬉しさと、恥らいと、心遣いと、恐怖《おそれ》と、涙《なんだ》と、笑《えみ》とは、ただその深く差俯向《さしうつむ》いて、眉も目も、房々した前髪に隠れながら、ほとんど、顔のように見えた真向いの島田の鬢《びん》に包まれて、簪《かんざし》の穂に顕《あらわ》るる。……窈窕《ようちょう》たるかな風采、花嫁を祝するにはこの言《ことば》が可《い》い。
しかり、窈窕たるものであった。
中にも慎ましげに、可憐に、床しく、最惜《いとし》らしく見えたのは、汽車の動くままに、玉の緒の揺るるよ、と思う、微《かすか》な元結《もとゆい》のゆらめきである。
耳許《みみもと》も清らかに、玉を伸べた頸許《えりもと》の綺麗さ。うらすく紅《くれない》の且つ媚《なまめ》かしさ。
袖の香も目前《めさき》に漾《ただよ》う、さしむかいに、余り間近なので、その裏恥かしげに、手も足も緊《し》め悩まされたような風情が、さながら、我がためにのみ、そうするのであるように見て取られて、私はしばらく、壜《びん》の口を抜くのを差控えたほどであった。
汽車に連るる、野も、畑も
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