を行く人の髪の黒き、簪《かざし》の白き、手絡《てがら》の緋《ひ》なる、帯の錦、袖《そで》の綾《あや》、薔薇《しょうび》の香《か》、伽羅《きゃら》の薫《かおり》の薫《くん》ずるなかに、この身体《からだ》一ツはさまれて、歩行《ある》くにあらず立停《たちどま》るといふにもあらで、押され押され市中《まちなか》をいきつくたびに一歩づつ式場近く進み候。横の町も、縦の町も、角も、辻も、山下も、坂の上も、隣の小路《こうじ》もただ人のけはひの轟々《ごうごう》とばかり遠波の寄するかと、ひツそりしたるなかに、あるひは高く、あるひは低く、遠くなり、近くなりて、耳底《じてい》に響き候のみ。裾《すそ》の埃《ほこり》、歩《あゆみ》の砂に、両側の二階家の欄干《らんかん》に、果しなくひろげかけたる紅の毛氈《もうせん》も白くなりて、仰げば打重《うちかさ》なる見物の男女《なんにょ》が顔も朧《おぼろ》げなる、中空にはむらむらと何にか候らむ、陽炎《かげろう》の如きもの立ち迷ひ候。
 万丈の塵《ちり》の中に人の家の屋根より高き処々、中空に斑々《はんはん》として目覚《めざま》しき牡丹《ぼたん》の花の翻《ひるがえ》りて見え候。こは大
前へ 次へ
全14ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング