く、衣紋《えもん》の乱るるまもなくて、かうはなりはてられ候ひき。
むかでは、これがために寸断され、此処《ここ》に六尺、彼処《かしこ》に二尺、三尺、五尺、七尺、一尺、五寸になり、一分になり、寸々《ずたずた》に切り刻まれ候が、身体《からだ》の黒き、足の赤き、切れめ切れめに酒気を帯びて、一つづつうごめくを見申し候。
日暮れて式場なるは申すまでもなく、十万の家軒ごとに、おなじ生首提灯の、しかも丈《たけ》三尺ばかりなるを揃うて一斉《いっせい》に灯《ひとも》し候へば、市内の隈々《くまぐま》塵塚《ちりづか》の片隅までも、真蒼《まっさお》き昼とあひなり候。白く染め抜いたる、目、口、鼻など、大路小路の地《つち》の上に影を宿して、青き灯《ひ》のなかにたとへば蝶の舞ふ如く蝋燭《ろうそく》のまたたくにつれて、ふはふはとその幻《まぼろし》の浮いてあるき候ひし。ひとり、唯、単に、一宇《いちう》の門のみ、生首に灯《ひとも》さで、淋《さび》しく暗かりしを、怪しといふ者候ひしが、さる人は皆人の心も、ことのやうをも知らざるにて候。その夜|更《ふ》けて後、俄然《がぜん》として暴風起り、須臾《しゅゆ》のまに大方の提灯を吹
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