げ]
なれども、僧都が身は、こうした墨染の暗夜《やみ》こそ可《よ》けれ、なまじ緋の法衣《ころも》など絡《まと》おうなら、ずぶ濡《ぬれ》の提灯《ちょうちん》じゃ、戸惑《とまどい》をした※[#「魚+覃」、第3水準1−94−50]《えい》の魚《うお》じゃなどと申そう。圧《おし》も石も利く事ではない。(細く丈長き鉄《くろがね》の錨《いかり》を倒《さかしま》にして携えたる杖《つえ》を、軽《かろ》く突直す。)
いや、また忘れてはならぬ。忘れぬ前《さき》に申上げたい儀で罷出《まかりで》た。若様へお取次を頼みましょ。
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侍女一 畏《かしこま》りました。唯今《ただいま》。……あの、ちょうど可《い》い折に存じます。
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右の方《かた》闥《ドア》を排して行《ゆ》く。
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僧都 (謹みたる体《てい》にて室内を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》す。)
はあ、争われぬ。法衣《ころも》の袖に春がそよぐ。
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(錨の杖を抱《いだ》きて彳《たたず》む。)
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公子 (衝《つ》と押す、闥《ドア》を排《ひら》きて、性急に登場す。面《おも》玉のごとく※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《ろう》丈《た》けたり。黒髪を背に捌《さば》く。青地錦の直垂《ひたたれ》、黄金《こがね》づくりの剣《つるぎ》を佩《は》く。上段、一階高き床の端に、端然として立つ。)
爺《じ》い、見えたか。
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侍女五人、以前の一人を真先《まっさき》に、すらすらと従い出づ。いずれも洋装。第五の侍女、年最も少《わか》し。二人は床の上、公子《こうし》の背後《うしろ》に。二人は床を下りて僧都の前に。第一の侍女はその背《うしろ》に立つ。
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僧都 は。(大床《おおゆか》に跪《ひざまず》く。控えたる侍女一、件《くだん》の錨の杖を預る)これはこれは、御休息の処を恐入りましてござります。
公子 (親しげに)爺い、用か。
僧都 紺青《こんじょう》、群青《ぐんじょう》、白群《びゃくぐん》
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