の女は、身《からだ》は綿よりも柔かです。
侍女七 蓮《はす》の糸を束《つか》ねましたようですから、鰐《わに》の牙が、脊筋と鳩尾《みずおち》へ噛合《かみあ》いましても、薄紙|一重《ひとえ》透きます内は、血にも肉にも障りません。
侍女三 入道も、一類も、色を漁《あさ》るのでございます。生命《いのち》はしばらく助りましょう。
侍女四 その中《うち》に、その中に。まあ、お静まり遊ばして。
公子 いや、俺の力は弱いもののためだ。生命《いのち》に掛けて取返す。――鎧《よろい》を寄越せ。
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侍女二人|衝《つ》と出で、引返して、二人して、一領の鎧を捧げ、背後《うしろ》より颯《さっ》と肩に投掛く。
公子、上へ引いて、頸《うなじ》よりつらなりたる兜《かぶと》を頂く。角《つの》ある毒竜、凄《すさま》じき頭《かしら》となる。その頭を頂く時に、侍女等、鎧の裾《すそ》を捌《さば》く。外套《がいとう》のごとく背より垂れて、紫の鱗《うろこ》、金色《こんじき》の斑点連り輝く。
公子、また袖を取って肩よりして自ら喉《のど》に結ぶ、この結びめ、左右一双の毒竜の爪なり。迅速に一縮す。立直るや否や、剣《つるぎ》を抜いて、頭上に翳《かざ》し、ハタと窓外を睨《にら》む。
侍女六人、斉《ひと》しくその左右に折敷き、手に手に匕首《あいくち》を抜連れて晃々《きらきら》と敵に構う。
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外道、退《ひ》くな。(凝《じつ》と視《み》て、剣の刃を下に引く)虜《とりこ》を離した。受取れ。
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侍女一 鎧をめしたばっかりで、御威徳を恐れて引きました。
侍女二 長う太く、数百《すひゃく》の鮫のかさなって、蜈蚣《むかで》のように見えたのが、ああ、ちりぢりに、ちりぢりに。
侍女三 めだか[#「めだか」に傍点]のように遁《に》げて行《ゆ》きます。
公子 おお、ちょうど黒潮等が帰って来た、帰った。
侍女四 ほんに、おつかい帰りの姉さんが、とりこを抱取って下すった。
公子 介抱してやれ。お前たちは出迎え。
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侍女三人ずつ、一方は闥《とびら》のうちへ。一方は廻廊に退場。
公子、真中《まんなか》に、すっくと立ち、静かに剣《つるぎ》を納めて、右手《めて》なる白珊瑚《しろさんご》の椅子に凭《よ》る。騎士五人廻廊まで登場
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