きつつ)女の国の東海道、道中の唄だ。何とか云うのだった。この書はいくらか覚えがないと、文字が見えないのだそうだ。(呟《つぶや》く)姉上は貴重な、しかし、少しあてっこすりの書をお拵《こしら》えになったよ。ああ、何とか云った、東海道の。
侍女五 五十三次のでございましょう、私《わたくし》が少し存じております。
公子 歌うてみないか。
侍女五 はい。(朗かに優しくあわれに唄う。)
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都路は五十路《いそじ》あまりの三つの宿、……
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公子 おお、それだ、字書のように、江戸紫で、都路と標目《みだし》が出た。(展《ひら》く)あとを。
侍女五 ……時得て咲くや江戸の花、浪|静《しずか》なる品川や、やがて越来《こえく》る川崎の、軒端《のきば》ならぶる神奈川は、早や程ヶ谷に程もなく、暮れて戸塚に宿るらむ。紫|匂《にお》う藤沢の、野面《のおも》に続く平塚も、もとのあわれは大磯《おおいそ》か。蛙《かわず》鳴くなる小田原は。……(極悪《きまりわる》げに)……もうあとは忘れました。
公子 可《よし》、ここに緑の活字が、白い雲の枚《ペエジ》に出た。――箱根を越えて伊豆の海、三島の里の神垣や――さあ、忘れた所は教えてやろう。この歌で、五十三次の宿を覚えて、お前たち、あの道中双六《どうちゅうすごろく》というものを遊んでみないか。上《あが》りは京都だ。姉の御殿に近い。誰か一人上って、双六の済む時分、ちょうど、この女は(姿見を見つつ)着くであろう。一番上りのものには、瑪瑙《めのう》の莢《さや》に、紅宝玉の実を装《かざ》った、あの造りものの吉祥果《きっしょうか》を遣《や》る。絵は直ぐに間に合ぬ。この室《へや》を五十三に割って双六の目に合せて、一人ずつ身体《からだ》を進めるが可《よ》かろう。……賽《さい》が要る、持って来い。
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(侍女六七、うつむいてともに微笑す)――どうした。
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侍女六 姿見をお取寄せ遊ばしました時。
侍女七 二人して盤の双六をしておりましたので、賽は持っておりますのでございます。
公子 おもしろい。向うの廻廊の端へ集まれ。そして順になって始めるが可《い》い。
侍女七 床へ振りましょうでございますか。
公子
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