も珠《たま》に替って、葉の青いのは、翡翠《ひすい》の琅※[#「王+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》、花片《はなびら》の紅白は、真玉《まだま》、白珠《しらたま》、紅宝玉。燃ゆる灯《ひ》も、またたきながら消えない星でございます。御覧遊ばせ、貴女。お召ものが濡れましたか。お髪《ぐし》も乱れはしますまい。何で、お身体《からだ》が倒《さかさま》でございましょう。
美女 最後に一目《ひとめ》、故郷《ふるさと》の浦の近い峰に、月を見たと思いました。それぎり、底へ引くように船が沈んで、私は波に落ちたのです。ただ幻に、その燈籠の様な蒼《あお》い影を見て、胸を離れて遠くへ行《ゆ》く、自分の身の魂か、導く鬼火かと思いましたが、ふと見ますと、前途《ゆくて》にも、あれあれ、遥《はるか》の下と思う処に、月が一輪、おなじ光で見えますもの。
女房 ああ、(望む)あの光は。いえ。月影ではございません。
美女 でも、貴方《あなた》、雲が見えます、雪のような、空が見えます、瑠璃色《るりいろ》の。そして、真白《まっしろ》な絹糸のような光が射《さ》します。
女房 その雲は波、空は水。一輪の月と見えますのは、これから貴女がお出《いで》遊ばす、海の御殿でございます。あれへ、お迎え申すのです。
美女 そして。参って、私の身体《からだ》は、どうなるのでございましょうねえ。
女房 ほほほ、(笑う)何事も申しますまい。ただお嬉しい事なのです。おめでとう存じます。
美女 あの、捨小舟《すておぶね》に流されて、海の贄《にえ》に取られて行《ゆ》く、あの、(※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》す)これが、嬉しい事なのでしょうか。めでたい事なのでしょうかねえ。
女房 (再び笑う)お国ではいかがでございましょうか。私たちが故郷《ふるさと》では、もうこの上ない嬉しい、めでたい事なのでございますもの。
美女 あすこまで、道程《みちのり》は?
女房 お国でたとえは煩《むず》かしい。……おお、五十三次と承ります、東海道を十度《とたび》ずつ、三百度、往還《ゆきかえ》りを繰返して、三千度いたしますほどでございましょう。
美女 ええ、そんなに。
女房 めした竜馬は風よりも早し、お道筋は黄金《こがね》の欄干、白銀の波のお廊下、ただ花の香りの中を、やがてお着きなさいます。
美女 潮風、磯《いそ》の香、海松《みる》、海藻《か
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