すそ》を吸いました。あわれ竜神、一命も捧げ奉ると、御恩のほどを難有《ありがた》がりましたのでござります。
公子 (微笑す)親仁《おやじ》の命などは御免だな。そんな魂を引取ると、海月《くらげ》が殖《ふ》えて、迷惑をするよ。
侍女五 あんな事をおっしゃいます。
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一同笑う。
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公子 けれども僧都、そんな事で満足した、人間の慾《よく》は浅いものだね。
僧都 まだまだ、あれは深い方でござります。一人娘の身に代えて、海の宝を望みましたは、慾念の逞《たくまし》い故でござりまして。……たかだかは人間同士、夥間《なかま》うちで、白い柔《やわらか》な膩身《あぶらみ》を、炎の燃立つ絹に包んで蒸しながら売り渡すのが、峠の関所かと心得ます。
公子 馬鹿だな。(珊瑚の椅子をすッと立つ)恋しい女よ。望めば生命《いのち》でも遣《や》ろうものを。……はは、はは。
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微笑す。
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侍女四 お思われ遊ばした娘御は、天地《あめつち》かけて、波かけて、お仕合せでおいで遊ばします。
侍女一 早くお着き遊《あそば》せば可《よ》うございます。私《わたくし》どももお待遠《まちどお》に存じ上げます。
公子 道中の様子を見よう、旅の様子を見よう。(闥《ドア》の外に向って呼ぶ)おいおい、居間の鏡を寄越《よこ》せ。(闥開く。侍女六、七、二人、赤地の錦の蔽《おおい》を掛けたる大なる姿見を捧げ出づ。)
 僧都も御覧。
僧都 失礼ながら。(膝行《しっこう》して進む。侍女等、姿見を卓子《テエプル》の上に据え、錦の蔽を展《ひら》く。侍女等、卓子の端の一方に集る。)
公子 (姿見の面《おも》を指《ゆびさ》し、僧都を見返る)あれだ、あれだ。あの一点の光がそれだ。お前たちも見ないか。
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舞台転ず。しばし暗黒、寂寞《せきばく》として波濤《はとう》の音聞ゆ。やがて一個《ひとつ》、花白く葉の青き蓮華燈籠《れんげどうろう》、漂々として波に漾《ただよ》えるがごとく顕《あらわ》る。続いて花の赤き同じ燈籠、中空《なかぞら》のごとき高処に出づ。また出づ、やや低し。なお見ゆ、少しく高し。その数|五個《いつつ》になる時、累々たる波の舞台を露《あらわ》す。美
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