いたらう、また、ただ見たばかりでも大概は知れさうなもんだ。知つてていはないのはどういふ訳だ。余《あんま》り愛国心がないではないか。」
「いえ、全く、聞いたのは呻吟声《うめきごえ》ばかりで、見たのは繃帯《ほうたい》ばかりです。」

       三

「何、繃帯と呻吟声、その他は見も聞きもしないんだ? 可加減《いいかげん》なことをいへ。」
 海野は苛立《いらだ》つ胸を押へて、務めて平和を保つに似たり。
 看護員は実際その衷情《ちゅうじょう》を語るなるべし、聊《いささか》も飾気《かざりけ》なく、
「全く、知らないです。いつて利益になることなら、何|秘《かく》すものですか。また些少《ちっと》も秘さねばならない必要も見出さないです。」
 百人長は訝《いぶ》かし気《げ》に、
「して見ると、何か、全然《まるで》無神経で、敵の事情を探らうとはしなかつたな。」
「別に聞いて見やうとも思はないでした。」
 と看護員は手をその額《ひたい》に加へたり。
 海野は仕込杖以て床《ゆか》をつつき、足蹈《あしぶみ》して口惜《くちおし》げに、
「無神経極まるじやあないか。敵情を探るためには斥候《せっこう》や、探偵《た
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