》、君には国家といふ観念がないのか。痛いめを見るがつらいから、敵に白状をしやうと思ふ。その精神が解らない。(いや、左様かも知れません)なんざ、無責任極まるでないか。そんなぬらくらじや了見せんぞ、しつかりと返答しろ。」
 咄々《とつとつ》迫る百人長は太き仕込杖《しこみづえ》を手にしたり。
「それでどういへば無責任にならないです?」
「自分でその罪を償ふのだ。」
「それではどうして償ひましやう。」
「敵状をいへ! 敵状を。」
 と海野は少し色解《いろとけ》てどかと身重《みおも》げに椅子に凭《よ》れり。
「聞けば、君が、不思議に敵陣から帰つて来て、係りの将校が、君の捕虜になつてゐた間の経歴について、尋問があつた時、特に敵情を語れといふ、命令があつたそうだが、どういふものか君は、知らない、存じませんの一点張で押通《おっとお》して、つまりそれなりで済《す》むだといふが。え、君、二月《ふたつき》も敵陣にゐて、敵兵の看護をしたといふでないか。それで、懇篤《こんとく》で、親切で、大層奴らのために尽力をしたさうで、敵将が君を帰す時、感謝状を送つたさうだ。その位信任をされてをれば、種々《いろいろ》内幕も聞
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