得はある。心得はあるが、先《ま》づ聞くことを聞いてからのこととしやう。」
「は、それでは何か誰ぞの吩附《いいつけ》ででもあるのですか。」
 海野は傲然《ごうぜん》として、
「誰が人に頼まれるもんか。吾《おれ》の了簡で吾が聞くんだ。」
 看護員はそとその耳を傾けたり。
「ぢやあ貴下方に、他《ひと》を尋問する権利があるので?」
 百人長は面《おもて》を赤うし、
「囀《さえず》るない!」
 と一声高く、頭がちに一呵《いっか》しつ。驚破《すわ》といはば飛蒐《とびかか》らむず、気勢《きおい》激しき軍夫らを一わたりずらりと見渡し、その眼を看護員に睨返《ねめかえ》して、
「権利はないが、腕力じゃ!」
「え、腕力?」
 看護員は犇々《ひしひし》とその身を擁《よう》せる浅黄《あさぎ》の半被《はっぴ》股引《ももひき》の、雨風に色褪《いろあ》せたる、譬《たと》へば囚徒の幽霊の如き、数個《すか》の物体を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みま》はして、秀《ひい》でたる眉《まゆ》を顰《ひそ》めつ。
「解りました。で、そのお聞きにならうといふのは?」
「知れてる! 先刻《さっき》からいふ通りだ。何故《なぜ
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