」、第3水準1−88−85]《みは》りたる眼《まなこ》を以て、避けし看護員の面《おもて》を追ひたり。
「何だ、左様かも知れません? これ、無責任の言語を吐いちやあ不可《いかん》ぞ。」
 またじりりと詰寄りぬ。看護員はやや俯向《うつむ》きつ。手なる鉛筆の尖《さき》を嘗《な》めて、筒服《ズボン》の膝《ひざ》に落書《らくがき》しながら、
「無責任? 左様ですか。」
 渠《かれ》は少しも逆らはず、はた意に介せる状《さま》もなし。
 百人長は大に急《せ》きて、
「唯《ただ》(左様ですか)では済まん。様子に寄つてはこれ、きつとわれわれに心得がある。しつかり性根《しょうね》を据《す》へて返答せないか。」
「何様《どん》な心得があるのです。」
 看護員は顔を上げて、屹《きっ》と海野に眼を合せぬ。
「一体、自分が通行をしてをる処を、何か待伏《まちぶせ》でもなすつたやうでしたな。貴下方《あなたがた》大勢で、自分を担《かつ》ぐやうにして、此家《ここ》へ引込《ひっこ》むだはどういふわけです。」
 海野は今この反問に張合を得たりけむ、肩を揺《ゆす》りて気兢《きお》ひ懸れり。
「うむ、聞きたいことがあるからだ。心
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