ず》と蹈《ふ》まへ、ぢろりと此方《こなた》を流眄《しりめ》に懸けたり。
「どうだ。これでも、これでも、職務外のことをせねばならない必要を感ぜんか。」
同時に軍夫の一団はばらばらと立懸りて、李花[#「李花」に丸傍点]の手足を圧伏《おしふ》せぬ。
「国賊! これでどうだ。」
海野はみづから手を下《お》ろして、李花[#「李花」に丸傍点]が寝衣《しんい》の袴《はかま》の裾《すそ》をびりりとばかり裂《つんざ》けり。
八
時に彼《か》の黒衣《こくい》長身の人物は、ハタと煙管《きせる》を取落しつ、其方《そなた》を見向ける頭巾《ずきん》の裡《うち》に一双の眼《まなこ》爛々《らんらん》たりき。
あはれ、看護員はいかにせしぞ。
面《おもて》の色は変へたれども、胸中無量の絶痛は、少しも挙動に露《あら》はさで、渠はなほよく静《せい》を保ち、徐《おもむ》ろにその筒服《ズボン》を払ひ、頭髪のややのびて、白き額《ひたい》に垂れたるを、左手《ゆんで》にやをら掻上《かきあ》げつつ、卓《つくえ》の上に差置きたる帽を片手に取ると斉《ひと》しく、粛然《しゅくぜん》と身を起して、
「諸君。」
とば
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