出でたるも恐らくその日が最初《はじめて》ならむ、長き病《やまい》に俤《おもかげ》窶《やつ》れて、寝衣《しんい》の姿なよなよしく、簪《かんざし》の花も萎《しぼ》みたる流罪《るざい》の天女《てんにょ》憐《あわれ》むべし。
「国賊!」
 と呼懸けつ。百人長は猿臂《えんぴ》を伸ばして美しき犠牲《いけにえ》の、白き頸《うなじ》を掻掴《かいつか》み、その面《おもて》をば仰《の》けざまに神崎の顔に押向けぬ。
 李花[#「李花」に丸傍点]は猛獣に手を取られ、毒蛇《どくじゃ》に膚《はだ》を絡《まと》はれて、恐怖の念もあらざるまで、遊魂《ゆうこん》半ば天に朝《ちょう》して、夢現の境にさまよひながらも、神崎を一目見るより、やせたる頬《ほお》をさとあかめつ。またたきもせで見詰めたりしが、俄《にわか》に総《そう》の身を震《ふる》はして、
「あ。」と一声血を絞《しぼ》れる、不意の叫声に驚きて、思はず軍夫が放てる手に、身を支えたる力を失して後居《しりい》にはたと僵《たお》れたり。
 看護員は我にもあらで衝《つ》とその椅子より座を立ちぬ。
 百人長は毛脛《けずね》をかかげて、李花[#「李花」に丸傍点]の腹部を無手《む
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