決意の色あり。
「しつかり聞かう、職務外のことは、何にもせんか!」
「出来ないです。余裕があれば綿繖糸《めんざんし》を造るです。」
 応答はこれにて決せり。
 百人長はいふこと尽きぬ。
 海野は悲痛の声を挙げて、
「駄目だ。殺しても何にもならない。可《よし》、いま一ツの手段を取らう。権《ごん》! 吉《きち》! 熊《くま》! 一件だ。」
 声に応じて三名の壮佼《わかもの》は群を脱して、戸口に向へり。時に出口の板戸を背にして、木像の如く突立ちたるまま両手を衣兜《かくし》にぬくめつつ、身動きもせで煙草《たばこ》をのみたる彼《か》の真黒なる人物は、靴音高く歩を転じて、渠《かれ》らを室外に出《いだ》しやりたり。三人は走り行きぬ。走り行きたる三人《みたり》の軍夫は、二人左右より両手を取り、一人|後《うしろ》より背《せな》を推《お》して、端麗《たんれい》多く世に類なき一個清国の婦人の年少《としわか》なるを、荒けなく引立て来りて、海野の傍《かたえ》に推据《おしす》へたる、李花[#「李花」に丸傍点]は病床にあれりしなる、同じ我家の内ながら、渠は深窓に養はれて、浮世の風は知らざる身の、爾《しか》くこの室に
前へ 次へ
全34ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング