かり言ひすてつ。
海野と軍夫と、軍夫と、軍夫と、軍夫と、軍夫の隙《ひま》より、真白く細き手の指の、のびつ、屈《かが》みつ、洩《も》れたるを、纔《わずか》に一目《ひとめ》見たるのみ。靴音|軽《かろ》く歩を移して、そのまま李花[#「李花」に丸傍点]に辞し去りたり。かくて五分時を経たりし後は、失望したる愛国の志士と、及びその腕力と、皆|疾《と》く室を立去りて、暗澹たる孤燈の影に、李花[#「李花」に丸傍点]のなきがらぞ蒼《あお》かりける。この時までも目を放たで直立したりし黒衣の人は、濶歩《かっぽ》坐中に動《ゆる》ぎ出《いで》て、燈火を仰ぎ李花[#「李花」に丸傍点]に俯《ふ》して、厳然として椅子に凭《よ》り、卓子《ていぶる》に片肱《かたひじ》附きて、眼光|一閃《いっせん》鉛筆の尖《さき》を透《すか》し見つ。電信用紙にサラサラと、
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月 日 海城《かいじょう》発
予は目撃せり。
日本軍の中には赤十字の義務を完《まっとう》して、敵より感謝状を送られたる国賊あり。しかれどもまた敵愾心《てきがいしん》のために清国《てきこく》の病婦を捉《とら》へて、犯し辱《はずかし》めたる愛国
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