か。勿論、白状はしなかつたさ。白状はしなかつたに違《ちがい》ないが、自分で、知つてればいはうといふのが、既に我が同胞《どうぼう》の心でない、敵に内通も同一《おんなじ》だ。」
といひつつ海野は一歩を進めて、更に看護員を一睨《いちげい》せり。
看護員は落着|済《す》まして、
「いや、自分は何も敵に捕へられた時、軍隊の事情をいつては不可《いけ》ぬ、拷問《ごうもん》を堅忍して、秘密を守れといふ、訓令を請《う》けた事もなく、それを誓つた覚《おぼえ》もないです。また全く左様《そう》でしやう、袖《そで》に赤十字の着いたものを、戦闘員と同一《おんなじ》取扱をしやうとは、自分はじめ、恐らく貴下方《あなたがた》にしても思懸《おもいがけ》はしないでせう。」
「戦地だい、べらぼうめ。何を! 呑気《のんき》なことをいやがんでい。」
軍夫の一人つかつかと立懸《たちかか》りぬ。百人長は応揚《おうよう》に左手《ゆんで》を広げて遮《さえぎ》りつつ、
「待て、ええ、屁《へ》でもない喧嘩《けんか》と違うぞ。裁判だ。罪が極《きま》つてから罰することだ。騒ぐない。噪々《そうぞう》しい。」
軍夫は黙して退《しりぞ》きぬ。
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