ません。で、とうとう聞かさないでしまひましたが、いや、実に弱つたです。困りましたな、どうも支那人の野蛮なのにやあ。何しろ、まるでもつて赤十字なるものの組織を解さないで、自分らを何がなし、戦闘員と同一《おんなじ》に心得てるです。仕方がありませんな。」
とあだかも親友に対して身《み》の上《うえ》談話《ばなし》をなすが如く、渠《かれ》は平気に物語れり。
しかるに海野はこれを聞きて、不心服《ふしんぷく》なる色ありき。
「ぢやあ何だな、知つてれば味方の内情を、残らず饒舌《しゃべ》ツちまう処《ところ》だつたな。」
看護員は軽《かろ》く答へたり。
「いかにも。拷問が酷かつたです。」
百人長は憤然《むっ》として、
「何だ、それでも生命《いのち》があるでないか、譬《たと》ひ肉が爛《ただ》れやうが、さ、皮が裂けやうがだ、呼吸《いき》があつたくらゐの拷問なら大抵《たいてい》知れたもんでないか。それに、苟《いやしく》も神州男児で、殊《こと》に戦地にある御互《おたがい》だ。どんなことがあらうとも、いふまじきことを、何、撲《なぐ》られた位で痛いといふて、味方の内情を白状しやうとする腰抜が何処《どこ》にある
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