、しばしば同情の意を表して、舌者《ぜっしゃ》の声を打消すばかり、熱罵《ねつば》を極めて威嚇《いかく》しつ。
 楚歌《そか》一身に聚《あつま》りて集合せる腕力の次第に迫るにもかかはらず眉宇《びう》一点の懸念《けねん》なく、いと晴々《はればれ》しき面色《おももち》にて、渠《かれ》は春昼《しゅんちゅう》寂《せき》たる時、無聊《むりょう》に堪《た》えざるものの如く、片膝を片膝にその片膝を、また片膝に、交《かわ》る交る投懸けては、その都度《つど》靴音を立つるのみ。胸中おのづから閑ある如し。
 けだし赤十字社の元素たる、博愛のいかなるものなるかを信ずること、渠の如きにあらざるよりは、到底これ保ち得がたき度量ならずや。
「其処《そこ》だ。」と今|卓子《ていぶる》を打てる百人長は大に決する処ありけむ、屹《きっ》と看護員に立向ひて、
「無神経でも、おい、先刻《さっき》からこの軍夫のいふたことは多少耳へ入つたらうな。どうだ、衆目の見る処、貴様は国体のいかむを解さない非義、劣等、怯奴《きょうど》である、国賊である、破廉恥、無気力の人外《にんがい》である。皆《みんな》が貴様を以て日本人たる資格のないものと断定
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