したが、どうだ。それでも良心に恥ぢないか。」
「恥ぢないです。」と看護員は声に応じて答へたり。百人長は頷《うなず》きぬ。
「可《よし》、改めていへ、名を聞かう。」
「名ですか、神崎愛三郎《かんざきあいさぶろう》。」
七
「うむ、それでは神崎、現在ゐる、此処《ここ》は一体|何処《どこ》だと思ふか。」
海野は太《いた》くあらたまりてさもものありげに問懸けたり。問はれて室内を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みまわ》しながら、
「左様《さよう》、何処か見覚えてゐるやうな気持もするです。」
「うむ分るまい。それが分つてゐさへすりや、口広いことはいへないわけだ。」
顔に苔《こけ》むしたる髯《ひげ》を撫《な》でつつ、立ちはだかりたる身《み》の丈《たけ》豊かに神崎を瞰下《みお》ろしたり。
「此処はな、柳[#「柳」に丸傍点]が家だ。貴様に惚《ほ》れてゐる李花[#「李花」に丸傍点]の家だぞ。」
今経歴を語りたりし軍夫と眼と眼を見合はして二人はニタリと微笑《ほほえ》めり。
神崎は夢の裡《うち》なる面色《おももち》にてうつとりとその眼《まなこ》を※[#「目+爭」、第3水準
前へ
次へ
全34ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング