《げき》して、碎《くだ》けよとばかり仕込杖を握り詰めしが、思ふこと乱麻《らんま》胸を衝《つ》きて、反駁《はんばく》の緒《いとぐち》を発見《みいだ》し得ず、小鼻と、髯《ひげ》のみ動かして、しらけ返りて見えたりける。時に一人の軍夫あり、
「畜生、好《すき》なことをいつてやがらあ。」
 声高《こわだか》に叫びざま、足疾《あしばや》に進出《すすみいで》て、看護員の傍《かたえ》に接し、その面《おもて》を覗《のぞ》きつつ、
「おい、隊長、色男の隊長、どうだ。へむ、しらばくれはよしてくれ。その悪済《わるす》ましが気に喰はねえんだい。赤十字社とか看護員とかツて、べらんめい、漢語なんかつかいやあがつて、何でえ、躰《てい》よく言抜けやうとしたつて駄目《だめ》だぜ。おいらア皆《みん》な知てるぞ、間抜《まぬけ》めい。へむ畜生、支那《チャン》の捕虜《とりこ》になるやうぢやあとても日本で色の出来ねえ奴だ。唐人《とうじん》の阿魔《あま》なんぞに惚《ほ》れられやあがつて、この合《あい》の子《こ》め、手前《てめえ》、何だとか、彼《か》だとかいふけれどな、南京《なんきん》に惚れられたもんだから、それで支那の介抱をしたり、
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