かつたのであらう。けれどもが、われわれ父母妻子をうつちやつて、御国《みくに》のために尽さうといふ愛国の志士が承知せん。この室にゐるものは、皆な君の所置ぶりに慊焉《けんえん》たらざるものがあるから、将校方は黙許なされても、其様《そん》な国賊は、屹《きっ》と談じて、懲戒を加ゆるために、おのおの決する処があるぞ。可《いい》か。その悪《にく》むべき感謝状を、かういつた上でも、裂いて棄てんか。やつぱり疚《や》ましいことはないが、些少《ちょっと》も良心が咎《とが》めないか、それが聞きたい。ぬらくらの返事をしちやあ不可《いかん》ぞ。」
 看護員は傾聴して、深くその言《ことば》を味ひつつ、黙然として身動きだもせず、良《やや》猶予《ためら》ひて言《ものい》はざりき。
 こなたはしたり顔に附入《つけい》りぬ。
「屹《きっ》と責任のある返答を、此室《ここ》にゐる皆《みんな》に聞かしてもらはう。」
 いひつつ左右を※[#「目+旬」、第3水準1−88−80]《みまわ》したり。
 軍夫の一人は叫び出《いだ》せり。「先生。」
 渠《かれ》らは親方といはざりき。海野は老壮士なればなり。
「先生、はやくしておくむなせえ
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