《いいわけ》もあるんだが、刻苦《こっく》して探つても敵の用心が厳しくつて、残念ながら分らなかつたといふならまだも恕《じょ》すべきであるに、先に将校に検《しら》べられた時も、前刻《さっき》吾《おれ》が聞いた時も、いひやうもあらうものを、敵情なんざ聞かうとも、見やうとも思はなかつたは、実に驚く。しかも敵兵の介抱が急がしいので、其様《そんな》ことあ考へてる隙《ひま》もなかつたなんぞと、憶面《おくめん》もなくいふ如きに至つては言語同断《ごんごどうだん》といはざるを得ん。国賊だ、売国奴だ、疑つて見た日にやあ、敵に内通をして、我軍の探偵に来たのかも知れない、と言はれた処で仕方がないぞ。」

       五

「さもなければ、あの野蛮な、残酷な敵がさうやすやす捕虜《とりこ》を返す法はない。しかしそれには証拠がない、強《しい》て敵に内通をしたとはいはん、が、既に国民の国民たる精神のない奴を、そのままにして見遁《みの》がしては、我軍の元気の消長に関するから、屹《きっ》と改悟の点を認むるか、さもなくば相当の制裁を加へなければならん。勿論軍律を犯したといふでもないから、将校方は何の沙汰《さた》をもせられな
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