。いざこざは面倒でさ。」
「撲《なぐ》つちまへ!」と呼ばるるものあり。
「隊長、おい、魂《たましい》を据《す》へて返答しろよ。へむ、どうするか見やあがれ。」
「腰抜め、口イきくが最後だぞ。」
と口々にまたひしめきつ。四、五名の足のばたばたばたと床板《ゆかいた》を踏鳴《ふみな》らす音ぞ聞こえたる。
看護員は、海野がいはゆる腕力の今ははやその身に加へらるべきを解したらむ。されども渠は聊《いささか》も心に疚《や》ましきことなかりけむ、胸苦《むねぐる》しき気振《けぶり》もなく、静に海野に打向《うちむか》ひて、
「些少《ちっと》も良心に恥ぢないです。」
軽く答へて自若《じじゃく》たりき。
「何、恥ぢない。」
といひ返して海野は眼《まなこ》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》りたり。
「もう一度、屹《きっ》とやましい処はないか。」
看護員は微笑《ほほえ》みながら、
「繰返すに及びません。」
その信仰や極めて確乎《かっこ》たるものにてありしなり。海野は熱し詰めて拳《こぶし》を握りつ。容易《たやす》くはものも得いはで唯、唯、渠《かれ》を睨《にら》まへ詰めぬ。
時に看護員は
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