贔負《ひいき》をしたりして、内幕を知つててもいはねえんぢやあねえか。かう、おいらの口は浄玻璃《じょうはり》だぜ。おいらあしよつちう知つてるんだ。おい皆《みんな》聞かつし、初手《しょて》はな、支那人《チャンチャン》の金満が流丸《ながれだま》を啖《くら》つて路傍《みちばた》に僵《たお》れてゐたのを、中隊長様が可愛想だつてえんで、お手当をなすつてよ、此奴《こいつ》にその家まで送らしてお遣《や》んなすつたのがはじまりだ。するとお前その支那人《チャン》を介抱して送り届けて帰りしなに、支那人の兵隊が押込むだらう。面くらいやアがつてつかまる処をな、金満の奴《やっこ》さん恩儀を思つて、無性《むしょう》に難有《ありがた》がつてる処だから、きわどい処を押隠して、やうやう人目を忍ばしたが、大勢押込むでゐるもんだから、秘《かく》しきれねえでとうどう奥の奥の奥ウの処の、女《むすめ》の部屋へ秘したのよ。ね、隠れて五日《いつか》ばかり対向《さしむか》ひでゐるあひだに、何でもその女が惚《ほ》れたんだ。無茶におツこちたと思ひねえ。五日目に支那の兵が退《ひ》いてく時つかめえられてしよびかれた。何でもその日のこつた。おいら五、六人で宿営地へ急ぐ途中、酷《ひど》く吹雪《ふぶ》く日で眼も口もあかねへ雪ン中に打倒《ぶったお》れの、半分|埋《う》まつて、ひきつけてゐた婦人《おんな》があつたい。いつて見りや支那人《チャン》の片割《かたわれ》ではあるけれど、婦人だから、ねえ、おい、構ふめえと思つて焚火《たきび》であつためて遣ると活返《いきけえ》つた李花[#「李花」に丸傍点]てえ女《むすめ》で、此奴《こいつ》がエテよ。別離苦《わかれ》に一目《ひとめ》てえんで唯《たった》一人《ひとり》駈出《かけだ》してさ、吹雪僵《ふぶきだおれ》になつたんだとよ。そりや後《あと》で分つたが、そン時あ、おいらツちが負《おぶ》つて家《うち》まで届けて遣つた。その因縁でおいらちよいちよい父親《おやじ》の何とかてえ支那の家へ出入をするから、悉《くわ》しいことを知つてるんだ。女はな、ものずきじやあねえか、この野郎が恋しいとつて、それつきり床着《とこづ》いてよ、どうだい、この頃じやもう湯も、水も通らねえツさ。父親なんざ気を揉《も》んで銃創《てっぽうきず》もまだすつかりよくならねえのに、此奴《こいつ》の音信《たより》を聞かうとつて、旅団本部へ日参《に
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