かねえ。」
「うむ、これかい。」
と目を上《うわ》ざまに細うして、下唇をぺろりと嘗《な》めた。肩も脛《すね》も懐も、がさがさと袋を揺《ゆす》って、
「こりゃ、何よ、何だぜ、あのう、己《おら》が嫁さんに遣《や》ろうと思って、姥《おんば》が店で買って来たんで、旨《うま》そうだから、しょこなめたい。たった一ツだな。みんな嫁さんに遣るんだぜ。」
とくるりと、はり板に並んで向《むき》をかえ、縁側に手を支《つ》いて、納戸の方を覗《のぞ》きながら、
「やあ、寝てやがら、姉様《あねさん》、己《おら》が嫁さんは寝《ねん》ねかな。」
「ああ、今しがた昼寝をしたの。」
「人情がないぜ、なあ、己《おら》が旨いものを持って来るのに。
ええ、おい、起きねえか、お浜ッ児《こ》。へ、」
とのめずるように頸《うなじ》を窘《すく》め、腰を引いて、
「何にもいわねえや、蠅《はえ》ばかり、ぶんぶんいってまわってら。」
「ほんとに酷《ひど》い蠅ねえ、蚊が居なくッても昼間だって、ああして蚊帳へ入れて置かないとね、可哀《かわい》そうなように集《たか》るんだよ。それにこうやって糊《のり》があるもんだからね、うるさいッちゃない
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