く、
「御坊《おぼう》さんに、おむすびなんか、差上げて、失礼だとおっしゃるの。
 それでは御膳《おぜん》にしてあげましょうか。
 そうしましょうかね。
 それでははじめから、そうしてあげるのだったんですが、手はなし、こうやって小児《こども》に世話が焼けますのに、入相《いりあい》で忙《せわ》しいもんですから。……あの、茄子《なす》のつき加減なのがありますから、それでお茶づけをあげましょう。」
 薄暗がりに頷《うなず》いたように見て取った、女房は何となく心が晴れて機嫌よく、
「じゃ、そうしましょう/\。お前さん、何にもありませんよ。」
 勝手へ後姿になるに連れて、僧はのッそり、夜が固《かたま》って入ったように、ぬいと縁側から上り込むと、表の六畳は一杯に暗くなった。
 これにギョッとして立淀《たちよど》んだけれども、さるにても婦人《おんな》一人。
 ただ、ちっとも早く無事に帰してしまおうと、灯をつける間《ま》ももどかしく、良人《おっと》の膳を、と思うにつけて、自分の気の弱いのが口惜《くやし》かったけれども、目を瞑《ねむ》って、やがて嬰児《ちのみ》を襟に包んだ胸を膨《ふく》らかに、膳を据えた。
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