ておけ》から水を結び、効々《かいがい》しゅう、嬰児《ちのみ》を腕《かいな》に抱いたまま、手許も上《うわ》の空で覚束《おぼつか》なく、三ツばかり握飯《にぎりめし》。
 潮風で漆の乾《から》びた、板昆布《いたこぶ》を折ったような、折敷《おしき》にのせて、カタリと櫃を押遣《おしや》って、立てていた踵《かかと》を下へ、直ぐに出て来た。
「少人数の内ですから、沢山はないんです、私のを上げますからね、はやく持って行って下さいまし。」
 今度はやや近寄って、僧の前へ、片手、縁の外へ差出すと、先刻《さっき》口を指したまま、鱗《うろこ》でもありそうな汚い胸のあたりへ、ふらりと釣っていた手が動いて、ハタと横を払うと、発奮《はずみ》か、冴《さえ》か、折敷ぐるみ、バッタリ落ちて、昔々、蟹《かに》を潰《つぶ》した渋柿に似てころりと飛んだ。
 僧はハアと息が長い。
 余《あまり》の事に熟《じっ》と視《み》て、我を忘れた女房、
「何をするんですよ。」
 一足|退《の》きつつ、
「そんな、そんな意地の悪いことをするもんじゃありません、お前さん、何が、そう気に入らないんです。」
 と屹《きっ》といったが、腹立つ下に心弱
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