《あかとんぼ》の飛ぶ向うの畝《あぜ》を、威勢の可《い》い声。
「号外、号外。」

       二

「三ちゃん、何の号外だね、」
 と女房は、毎日のように顔を見る同じ漁場《りょうば》の馴染《なじみ》の奴《やっこ》、張《はり》ものにうつむいたまま、徒然《つれづれ》らしい声を懸ける。
 片手を懐中《ふところ》へ突込《つっこ》んで、どう、してこました買喰《かいぐい》やら、一番蛇を呑《の》んだ袋を懐中《ふところ》。微塵棒《みじんぼう》を縦にして、前歯でへし折って噛《かじ》りながら、縁台の前へにょっきりと、吹矢が当って出たような福助頭に向う顱巻《はちまき》。少兀《すこはげ》の紺の筒袖《つつそで》、どこの媽々衆《かかあしゅう》に貰《もら》ったやら、浅黄《あさぎ》の扱帯《しごき》の裂けたのを、縄に捩《よ》った一重《ひとえ》まわし、小生意気に尻下《しりさが》り。
 これが親仁《おやじ》は念仏爺《ねんぶつじじい》で、網の破れを繕ううちも、数珠《じゅず》を放さず手にかけながら、葎《むぐら》の中の小窓の穴から、隣の柿の木、裏の屋根、烏をじろりと横目に覗《のぞ》くと、いつも前はだけの胡坐《あぐら》の膝《ひざ
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