な板一枚に乗っていてさ、」と女房は首垂《うなだ》れつつ、
「私にゃ何にもいわないんだもの……」と思わず襟に一雫《ひとしずく》、ほろりとして、
「済まないねえ。」
 奴《やっこ》は何の仔細《しさい》も知らず、慰め顔に威勢の可《い》い声、
「何も済まねえッて事《こた》アありやしねえだ。よう、姉《あね》さん、お前に寒かったり冷たかったり、辛い思いさ、さらせめえと思うだから、兄哥《あにや》がそうして働くだ。おらも何だぜ、もう、そんな時さあったってベソなんか掻きやしねえ、お浜ッ子の婿さんだ、一所に海へ飛込むぜ。
 そのかわり今もいっけえよ。兄哥《あにや》のために姉さんが、お膳立《ぜんだ》てしたり、お酒買ったりよ。
 おら、酒は飲まねえだ、お芋で可《い》いや。
 よッしょい、と鰹さ積んで波に乗込んで戻って来ると、……浜に煙が靡《なび》きます、あれは何ぞと問うたれば」
 と、いたいけに手をたたき、
「石々《いしいし》合わせて、塩|汲《く》んで、玩弄《おもちゃ》のバケツでお芋煮て、かじめをちょろちょろ焚《た》くわいのだ。……よう姉《あね》さん、」
 奴《やっこ》は急にぬいと立ち、はだかった胸を手で仕切
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