って、
「おらがここまで大きくなって、お浜ッ子が浜へ出て、まま事するはいつだろうなあ。」
 女房は夕露の濡れた目許の笑顔優しく、
「ああ、そりゃもう今日明日という内に、直きに娘になるけれど、あの、三ちゃん、」
 と調子をかえて、心ありげに呼びかける。

       十一

「ああ、」
「あのね、私は何も新しい衣物《きもの》なんか欲《ほし》いとは思わないし、坊やも、お菓子も用《い》らないから、お前さん、どうぞ、お婿さんになってくれる気なら、船頭はよして、何ぞ他《ほか》の商売にしておくれな、姉《ねえ》さん、お願いだがどうだろうね。」
 と思い入ったか言《ことば》もあらため、縁に居ずまいもなおしたのである。
 奴《やっこ》は遊び過ぎた黄昏《たそがれ》の、鴉《からす》の鳴くのをきょろきょろ聞いて、浮足に目も上《うわ》つき、
「姉《あね》さん、稲葉丸は今日さ日帰りだっぺいか。」
「ああ、内でもね。今日は晩方までに帰るって出かけたがね、お聞きよ、三ちゃん、」
 とそわそわするのを圧《おさ》えていったが、奴《やっこ》はよくも聞かないで、
「姉《あね》さんこそ聞きねえな、あらよ、堂の嶽《たけ》から、
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