、弱い音《ね》を出しやあがるなッて、此家《こん》の兄哥《あにや》が怒鳴るだけんど、見す見す天竺《てんじく》へ吹き流されるだ、地獄の土でも構わねえ、陸《おか》へ上《あが》って呼吸《いき》が吐《つ》きたい、助け船――なんのって弱い音さ出すのもあって、七転八倒するだでな、兄哥|真直《まっすぐ》に突立って、ぶるッと身震《みぶるい》をさしっけえよ、突然《いきなり》素裸《すっぱだか》になっただね。」
「内の人が、」と声を出して、女房は唾《つ》を呑《の》んだ。
「兄哥《あにや》がよ。おい。
あやかし火さ、まだ舵に憑《つ》いて放れねえだ、天窓《あたま》から黄色に光った下腹へな、鮪縄《まぐろなわ》さ、ぐるぐると巻きつけて、その片端《かたはじ》を、胴の間の横木へ結《ゆわ》えつけると、さあ、念ばらしだ、娑婆《しゃば》か、地獄か見届けて来るッてな、ここさ、はあ、こんの兄哥《あにや》が、渾名《あだな》に呼ばれた海雀《うみすずめ》よ。鳥のようにびらりと刎《は》ねたわ、海の中へ、飛込むでねえ――真白《まっしろ》な波のかさなりかさなり崩れて来る、大きな山へ――駈上《かけあが》るだ。
百尋《ひゃくひろ》ばかり束《つ
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