で松公がそういっけえ。
奴《やっこ》や。
ひゃあ。
そのあやし火の中を覗《のぞ》いて見ろい、いかいこと亡者《もうじゃ》が居らあ、地獄の状《さま》は一見えだ、と千太どんがいうだあね。
小児《こども》だ、馬鹿をいうない、と此家《ここ》の兄哥《あにや》がいわしっけ。
おら堪《たま》んなくなって、ベソを掻き掻き、おいおい恐怖《こわ》くって泣き出したあだよ。」
いわれはかくと聞えたが、女房は何にもいわず、唇の色が褪《あ》せていた。
「苫《とま》を上げて、ぼやりと光って、こんの兄哥の形がな、暗中《くらやみ》へ出さしった。
おれに貸せ、奴《やっこ》寝ろい。なるほどうっとうしく憑《つ》きやあがるッて、ハッと掌《てのひら》へ呼吸《いき》を吹かしったわ。
一しけ来るぞ、騒ぐな、といって艪づかさ取って、真直《まっすぐ》に空を見さしったで、おらも、ひとりでにすッこむ天窓《あたま》[#ルビの「あたま」は底本では「あまた」]を上げて視《なが》めるとな、一面にどす赤く濁って来ただ。波は、そこらに真黒《まっくろ》な小山のような海坊主が、かさなり合って寝てるようだ。
おら胴の間へ転げ込んだよ。ここにも
前へ
次へ
全48ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング