だ、おっとまかせ。」と、奴《やっこ》は顱巻《はちまき》の輪を大きく腕いっぱいに占める真似して、
「いきなり艫《とも》へ飛んで出ると、船が波の上へ橋にかかって、雨で辷《すべ》るというもんだ。
 どッこいな、と腰を極《き》めたが、ずッしりと手答えして、槻《けやき》の大木根こそぎにしたほどな大《おおき》い艪《ろ》の奴《やつ》、のッしりと掻いただがね。雨がしょぼしょぼと顱巻に染みるばかりで、空だか水だか分らねえ。はあ、昼間見る遠い処の山の上を、ふわふわと歩行《ある》くようで、底が轟々《ごうごう》と沸《に》えくり返るだ。
 ア、ホイ、ホイ、アホイと変な声が、真暗《まっくら》な海にも隅があってその隅の方から響いて来ただよ。
 西さ向けば、西の方、南さ向けば南の方、何でもおらがの向いた方で聞えるだね。浪の畝《うね》ると同一《おんなじ》に声が浮いたり沈んだり、遠くなったりな、近くなったり。
 その内ぼやぼやと火が燃えた。船から、沖へ、ものの十四五町と真黒《まっくろ》な中へ、ぶくぶくと大きな泡が立つように、ぼッと光らあ。
 やあ、火が点《とも》れたいッて、おらあ、吃驚《びっくり》して喚《わめ》くとな、…
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