ろがや》を差覗《さしのぞ》く。
「嬰児《あかんぼ》が、何を知ってさ。」
「それでも夢に見て魘《うな》されら。」
「ちょいと、そんなに恐怖《こわ》い事なのかい。」と女房は縁の柱につかまった。
「え、何、おらがベソを掻いて、理右衛門が念仏を唱えたくらいな事だけんども。そら、姉《あね》さん、この五月、三日流しの鰹船《かつおぶね》で二晩沖で泊ったっけよ。中の晩の夜中の事だね。
野だも山だも分ンねえ、ぼっとした海の中で、晩《おそ》めに夕飯を食ったあとでよ。
昼間ッからの霧雨がしとしと降りになって来たで、皆《みんな》胴の間《ま》へもぐってな、そん時に千太どんが漕《こ》がしっけえ。
急に、おお寒い、おお寒い、風邪《かぜ》揚句《あげく》だ不精しょう。誰ぞかわんなはらねえかって、艫《とも》からドンと飛下りただ。
船はぐらぐらとしただがね、それで止まるような波じゃねえだ。どんぶりこッこ、すっこッこ、陸《おか》へ百里やら五十里やら、方角も何も分らねえ。」
女房は打頷《うちうなず》いた襟さみしく、乳《ち》の張る胸をおさえたのである。
六
「晩飯の菜に、塩からさ嘗《な》め過ぎた。どれ
前へ
次へ
全48ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング