》で仰いで、
「おい、」という。
 出足へ唐突《だしぬけ》に突屈《つッかが》まれて、女房の身は、前へしないそうになって蹌踉《よろめ》いた。
「何だねえ、また、吃驚《びっくり》するわね。」
「へへへ、番ごとだぜ、弱虫やい。」
「ああ、可《い》いよ、三ちゃんは強うございますよ、強いからね、お前は強いからそのベソを掻いたわけをお話しよ。」
「お前は強いからベソを掻いたわけ、」と念のためいってみて、瞬《またたき》した、目が渋そう。
「不可《いけ》ねえや、強いからベソをなんて、誰が強くってベソなんか掻くもんだ。」
「じゃ、やっぱり弱虫じゃないか。」
「だって姉《あね》さん、ベソも掻かざらに。夜一夜《よっぴて》亡念の火が船について離れねえだもの。理右衛門《りえむ》なんざ、己《おら》がベソをなんていう口で、ああ見えてその時はお念仏唱えただ。」と強がりたさに目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》る。
 女房はそれかあらぬか、内々|危《あやぶ》んだ胸へひしと、色変るまで聞咎《ききとが》め、
「ええ、亡念の火が憑《つ》いたって、」
「おっと、……」
 とばかり三之助は口をおさえ、
「黙ろう
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