い》い日でそうなんだぜ。
 処を沖へ出て一つ暴風雨《しけ》と来るか、がちゃめちゃの真暗《まっくら》やみで、浪だか滝だか分らねえ、真水と塩水をちゃんぽんにがぶりと遣っちゃ、あみの塩からをぺろぺろとお茶の子で、鼻唄を唄うんだい、誰が沖へ出てベソなんか。」
 と肩を怒らして大手を振った、奴《やっこ》、おまわりの真似《まね》して力む。
「じゃ、何《なん》だって、何だってお前、ベソ三なの。」
「うん、」
 たちまち妙な顔、けろけろと擬勢の抜けた、顱巻《はちまき》をいじくりながら、
「ありゃね、ありゃね、へへへ、号外だ、号外だ。」

       五

「あれさ、ちょいと、用がある、」
 と女房は呼止める。
 奴《やっこ》は遁《に》げ足を向うのめりに、うしろへ引かれた腰附《こしつき》で、
「だって、号外が忙しいや。あ、号外ッ、」
「ちょいと、あれさ、何だよ、お前、お待《まち》ッてばねえ。」
 衝《つ》と身を起こして追おうとすると、奴《やっこ》は駈出《かけだ》した五足《いつあし》ばかりを、一飛びに跳ね返って、ひょいと踞《しゃが》み、立った女房の前垂《まえだれ》のあたりへ、円い頤《あご》、出額《おでこ
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