鯔《ぼら》と改名しろなんて、何か高慢な口をきく度に、番ごと籠《こ》められておいでじゃないか。何でも、恐《こわ》いか、辛いかしてきっと沖で泣いたんだよ。この人は、」とおかしそうに正向《まむき》に見られて、奴《やっこ》は、口をむぐむぐと、顱巻《はちまき》をふらりと下げて、
「へ、へ、へ。」と俯向いて苦笑い。
「見たが可《い》い、ベソちゃんや。」
 と思わず軽く手をたたく。
「だって、だって、何だ、」
 と奴《やっこ》は口惜《くや》しそうな顔色で、
「己《おら》ぐらいな年紀《とし》で、鮪船《まぐろぶね》の漕《こ》げる奴《やつ》は沢山《たんと》ねえぜ。
 ここいらの鼻垂《はなったら》しは、よう磯《いそ》だって泳げようか。たかだか堰《せき》でめだかを極《き》めるか、古川の浅い処で、ばちゃばちゃと鮒《ふな》を遣《や》るだ。
 浪打際といったって、一畝《ひとうね》り乗って見ねえな、のたりと天上まで高くなって、嶽《たけ》の堂は目の下だ。大風呂敷の山じゃねえが、一波越すと、谷底よ。浜も日本も見えやしねえで、お星様が映りそうで、お太陽様《てんとうさま》は真蒼《まっさお》だ。姉《あね》さん、凪《なぎ》の可《
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