「何こんなものを。」
 とあとへ退《すさ》り、
「いまに解きます繻子《しゅす》の帯……」
 奴《やっこ》は聞き覚えの節になり、中音でそそりながら、くるりと向うむきになったが早いか、ドウとしたたかな足踏《あしぶみ》して、
「わい!」
 日向《ひなた》へのッそりと来た、茶の斑犬《ぶち》が、びくりと退《すさ》って、ぱっと砂、いや、その遁《に》げ状《ざま》の慌《あわただ》しさ。

       四

「状《ざま》を見ろ、弱虫め、誰だと思うえ、小烏の三之助だ。」
 と呵々《からから》と笑って大得意。
「吃驚《びっくり》するわね、唐突《だしぬけ》に怒鳴ってさ、ああ、まだ胸がどきどきする。」
 はッと縁側に腰をかけた、女房は草履の踵《かかと》を、清くこぼれた褄《つま》にかけ、片手を背後《うしろ》に、あらぬ空を視《なが》めながら、俯向《うつむ》き通しの疲れもあった、頻《しきり》に胸を撫擦《なでさす》る。
「姉《あね》さんも弱虫だなあ。東京から来て大尽のお邸《やしき》に、褄を引摺《ひきず》っていたんだから駄目だ、意気地はねえや。」
 女房は手拭を掻《か》い取ったが、目《ま》ぶちのあたりほんのりと、逆
前へ 次へ
全48ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング